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HOME   »   街・寺社・城巡り  »  青森出張で観光三昧 その4 「弘前編 Vol.1」
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観光2日目は、弘前。夕方までたっぷり弘前を散策するために、レンタサイクルを利用します。観光用だとなんと無料ですから利用しないわけにはいきません(^.^)
それに、自転車でいける範囲に見たいものがいっぱいありますので、車だと身軽に動けませんから、この選択はベストかなと思います。

まずは、最初の目的地へgoー(^.^)/ 以下、寄ったところを順に紹介してきます。

■弘前昇天教会聖堂■
「大正10年(1921)に建てられたもので設計は宣教師ジェームズ・ガーデナー、施行は林緑が担当しています。煉瓦造平屋建て、切妻、妻入りでゴシック様式を基調とし正面の丸窓や尖塔状の鐘付きが印象的です。弘前昇天教会聖堂は青森県内で数少ない煉瓦造教会建築の遺構として貴重な存在で青森県重宝に指定されています。」(WEB上の説明より)

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赤煉瓦造りの建物は青空に映えますな。塔の鐘の音はどんなにきれいに響くのか聞いてみたかったです。内部は時間の都合で見ることが出来ず。仕方がないけど。

■最勝院■
「創建は天文元年(1611)弘信僧都によって開かれたのが始まりと伝えられています。開山当時は堀越城の城下だった萩野にありましたが慶長14年(1609)、弘前城築城に際し城の鬼門に当る現在地に移されました。
最勝院は歴代の弘前藩主津軽家の祈願所として庇護され、弘前八幡宮別当職(弘前八幡宮以外にも熊野宮や白山権現などの祭祀も取り仕切っていたとされます。)となり寺領300石が安堵され12ヶ寺の塔頭寺院を擁するなど寺運も隆盛し、領内の寺社総取締(僧録)、真言宗五ヶ寺(最勝院・百澤寺:岩木山神社・国上寺・橋雲寺・久渡寺)の筆頭の格式も備えていました。
明治時代初頭に発令された神仏分離令により弘前八幡宮から分離し、明治3年に現在である旧大円寺境内に移されました(大円寺は大鰐町へ移転。)。堂宇は旧大円寺の建物を利用し特に五重塔は3代藩主津軽信義の命で明暦2年(1656)から寛文7年(1667)にかけて建てられたもので総高31.2m、3間4面、5層、銅板葺き、全国的に見ても最北にあたり国指定重要文化財に指定されています。
又、境内には五重塔の他、旧大円寺本堂である護摩堂や六角堂、旧仁王門など古建築も多く、牛頭天王尊像、五智如来像、猫突不動明王像なども大円寺から継承しています。」(WEB上の説明より)

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左:新仁王門。昭和58年(1983)に弘法大師御入定壱千百五十年御遠忌の記念事業 として参道整備と共に建立。
右:五重塔。寛文7年(1667年)に完成した旧大円寺の塔で、国の重要文化財指定の五重塔としては日本最北端に位置します。

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左:本堂は昭和45年(1970)建立で、大日如来を本尊としています。
右:寺に隣接する八坂神社。同一敷地内に立つ神社に見えますが、これはれっきとした独立神社。

■弘前カトリック教会■
「弘前カトリック教会は明治8年(1875)に「弘前基督教会」として開かれたのが始まりです。
現在の建物は明治43年(1910)に建てられたもので設計はオージェ神父、棟梁は横山常吉が担当しています。木造平屋建て、モルタル仕上げで中央の尖塔が印象的で玄関扉上部にはファンライト風の半円形の欄間や正面の丸窓、縦長の開口部など当時の洋風建築の要素を取り入れた建物です。
建物の角には華美に意匠化した化粧柱などロマネスク様式も1部採用し内部の木製祭壇はゴシック様式を取り入れています。弘前カトリック教会堂は数少ない近代教会建築の遺構として貴重な存在で青森県重宝に指定されています。」(WEB上の説明より)

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真っ白な壁が見事です。隣が幼稚園なので、子供たちの声が響いていました。

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左:教会内部。天井も高いので開放感抜群。ステンドグラスが輝いています。
右:祭壇。これは思わず跪くほどの見事さ。この祭壇は1866(慶応2年)年の作品で、日本に持ってこられたのは、昭和14年だそうで、ベルギーの展覧会で、当時ゴシック建築としては最優秀賞を取った芸術作品だとか。

■百石町展示館■
「市指定文化財。明治16年に呉服店として建てられ、大正6年に最小限の改装をし、津軽銀行として営業し、その後、青森銀行と合併、平成10年10月まで青森銀行津軽支店として使用されていたものです。平成13年、市へ寄贈されました。
明治・大正期の建築手法を残す貴重なものとして保存活用の整備を行い、平成16年4月に展示館としてオープンし、平成18年4月から、指定管理者制度の導入によりNPO harappaが管理業務を行っています。」(WEB上の説明より)

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これはぜんぜん予定になくて、通りがかって始めてこの建物に気がつきました。内部は・・・地元の人が楽しそうに談笑してましたので、撮影しませんでした。

■日本基督教団弘前教会■
「明治8年に横浜から帰弘して東奥義塾々長となった本多庸一は、一緒に来弘したジョン・イングと共に弘前公会を設立する。現在の教会堂は、明治37年焼失の教会堂に代わり、明治39年12月に完成、翌40年8月に献堂式が行われたものである。
設計は、弘前学院外人宣教師館(国指定重要文化財)の設計者とも伝えられるクリスチャン棟梁、桜庭駒五郎による。
全体はフランスゴシック風の双塔形式で、白のオイルペイントで仕上げ、四方に控柱を設ける。ドリップストーンの付いた窓は尖塔アーチとして、上部をトレサリーで飾っている。礼拝堂は、内部天井を大きく折り上げるため、合掌の途中で陸梁(ろくばり)を架けた変則のキングポストとし、レリーフで飾られたメダイオンが白漆喰に映えて美しい。弘前における明治洋風建築の秀例である。1993年、青森県重宝に指定された。」(WEB上の説明より)

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白い双塔で、見上げんばかりの大きさです。当日は残念ながら休館日で内部見学が出来ず・・・・残念。

■青森銀行記念館■
「第五十九銀行は明治12年に設立された県下では最初、全国で59番目の国立銀行です。明治37年に親方町に移りました。本館は、この時建てられた新店舗で、設計者は、当時洋風建造物の第一人者で太宰治の生家・斜陽館なども手がけた堀江佐吉によるものです。ルネッサンス調の洋風建築で、頂上には展望台を兼ねた装飾塔をつけ、その先端にはインド寺院に見られるような相輪を配しています。国の重要無形文化財に指定されています。」(WEB上の説明より)

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全景。左右対称でレトロで重厚な建物です。これはたまらんくらい美しいですわ(^.^)

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左:1階フロア。銀行の歴史や貨幣などを展示していました。なんという重厚なカウンター。
右:曲がり階段。昭和59年の保存修理工事で復元されました。

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左:1階廊下。
右:2階大会議室。この天井壁紙は金唐革紙(きんからかわかみ)というそうです。

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第一応接室(左)と小会議室(右)。小会議室と頭取室の天井にも金唐革紙(きんからかわかみ)が使われています。


Vol.1はここまで。まだ、全体の1/4くらいしか紹介が済んでいないかも・・・。先が長すぎて、管理人の根気が持つかどうか心配だ(^_^;)
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しょうちゃん

Author:しょうちゃん
訳あって神戸から大阪に引っ越しました。
模型から寺社仏閣に城etc・・・趣味のひろーい男でござる。
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