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「 2008年10月 」 の記事一覧
第二番札所 佳木山 太融寺
■■第六番 佳木山 太融寺■■
(かぼくさん たいゆうじ) 山号:佳木山寺格:準別格本山 宗派:高野山真言宗 本尊:千手千眼観世音菩薩 開祖:弘法大師 創建:弘仁12年(821年) 御詠歌:逢ひがたき 法の佳木を 得たる身は 苦しき海に などか沈まむ 所在地:大阪市北区太融寺町3-7 拝観料:無料 拝観日:2008年9月23日 (概要) 当寺は弘仁12年(821年)にこの地に弘法大師が嵯峨天皇の勅願により、創建されました。ご本尊の千手観世音菩薩は、嵯峨天皇の念持仏を下賜され、天皇の皇子河原左大臣源融(みなもとのとおる)公が、この地に八町四面を画して、七堂伽藍を建立され、浪華の名刹として参詣者でにぎわいました。当時を偲ぶ境内地の名称は今に伝えて、太融寺町、堂山町、神山町、扇町公園、野崎町、兎我野町等として残って居ります。 元和元年(1615年)5月、大阪城落城のとき兵火で全焼しましたが、元禄年間に太堂、南大門など諸堂25棟が復興して、“北野の太融寺”と市民に親しまれ大いに栄えました。 昭和20年(1945年)6月戦災で堂塔伽藍一切が灰燼に帰しましたが、ご本尊千手観世音菩薩は無事難をまぬがれました。戦後再建に着手、本堂、大師堂、不動堂、宝塔、客殿、本坊、庫裡、鐘楼、東・西・南・北門、御供所20余棟が復興しました。 (公式サイトより) 大阪北の繁華街の中にあり、前は通ったことのある太融寺。新西国霊場に入っていなければ訪れることはなかったでしょう。これも何かの縁かもしれませんな(^.^) ![]() 左:梅田(大阪)駅から東に歩いていくと太融寺に到着します。 右:西門。正門ではないようですが、ほとんどの人がここから出入りしています。源融(光源氏のモデルといわれているそうな)にちなんで「源融公之旧跡」と刻まれた石碑が立っています。 ![]() 左:鐘楼。鐘楼は、昭和48年(1973年)の再建。梵鐘は延宝3年(1675年)の鋳造です。 右:本堂は昭和35年(1960年)の再建。本尊は千手観世音菩薩で嵯峨天皇の念持仏(平安時代作)だとか。ちなみに秘仏ですので、普段はお前立ちの観音様を拝むことになります。 ![]() 左:左の鳥居は白龍神社。中央はぼけ封じ観音。ここはぼけ封じ三十三観音霊場第七番札所でもあります。 右:境内の庭にある石塔。 ![]() 左:手前が客殿。奥の朱塗りの塔が多宝塔です。一層には一願不動明王が安置されています。その上の層には本尊の大日如来が安置され、三層は経蔵で奉納された写経を納めています。 右:開祖である弘法大師の像。 ![]() 左:太子堂。 右:護摩堂と不動堂。一願不動さまというので、願掛けてきましたよ。一願だったかどうかは定かではないけど(^^ゞ ![]() 左:境内の北西隅にある「淀君の墓」。太融寺の由来によると、 「元和元年5月(1615年)、大阪城落城によって秀頼と共に自刃して果てた淀殿の遺骨は淀君の崇敬が殊のほか篤かった大坂城外鴫野弁天島(現在の大阪ビジネスパークの辺り)の「弁天社」の隣に一祠を作って埋められた。これが「淀姫神社」である。 明治10年11月(1877年)、城東練兵場(現大阪城公園)造成に当り、この「淀姫神社」が生国魂神社に移祀されることとなり、豊臣家に縁の深い当寺に埋め「九輪の塔(戦災により損傷し六輪となる)」を建て境内西北隅に祀った。」、ということだそうです。 右:南門。本堂の正面に位置することから、こちらが正門になると思われます。この門から出ると、目の前がラブホテル街(^^ゞ 比較的新しい上に、繁華街の真ん中にあり、まわりがビルばかりということで、ものすごくごった煮感のあるお寺です。大阪らしいといえば大阪らしい・・・のかな?
テーマ:神社仏閣 - ジャンル:学問・文化・芸術 番外 有栖山 清光院 清水寺
■■番外 有栖山 清光院 清水寺■■
(ありすやま せいこういん きよみずでら) 山号:有栖山宗派:和宗 本尊:十一面千手観音菩薩 開祖:不詳 創建:不詳 中興:寛永17年(1640年) 延海阿闍梨 御詠歌:たふとしや 大江の岸の 観世音 滝も玉出の 名にかがやきて 所在地:大阪府大阪市天王寺区伶人町5-8 拝観料:無料 拝観日:2008年9月23日 (概要) 清水寺(きよみずでら)は、大阪市天王寺区伶人町(れいにんちょう)にある仏教寺院。宗派は天台系の和宗に属する。山号は有栖山。詳名は有栖山清光院清水寺(ありすさん せいこういん きよみずでら)。和宗総本山・四天王寺支院。宗教法人としては清光院で登録。 大阪市内唯一の天然の滝である「玉出の滝」(たまでのたき)があることでも知られている。 京都の清水寺 を模して建立されたために、新清水寺(しんきよみずでら)とも。旧本堂(2008年5月現在、墓地)の西側の崖に柱を組み上げて作った舞台があり、京都の清水寺を彷彿とさせる。 創建の時期や事情については判然としない。もとは有栖寺(うすじ)と称していた。 寛永17年(1640年)に延海阿闍梨(えんかいあじゃり)により中興された。延海は観世音菩薩の御告げを受けて、京都の清水寺を模した舞台造の本堂を建立し、本尊として京都の清水寺から迎えた千手観音像(聖徳太子作の伝承をもつ)を安置した。当寺の境内は北・西・南の三方が崖になっており、往時は大坂の街や大阪湾を見渡す眺望の地であった。(Wikipediaより) 四天王寺のすぐ近くにあるので、まとめてお参りすることができます。ただし、結構分かりにくいところにありますので、地図を印刷していくといいかと思います。 ![]() 四天王寺夕陽丘駅の南西の出口を出て南に歩き、星光学園の南の筋を西に入ると、しばらくして清水坂に出ます。ここを左に曲がって門の左手の通用門が入口です。わたしは気付かずに坂を下り、東側の通用門から入りました。 ![]() 左:2、3年前台風の被害を受けて本堂、鐘楼などの建物は修復されることなく取り壊され、跡地を墓地として分譲しているため、境内は墓地だらけです。左に見えるのが納骨堂。そばに立っているのが「子育地蔵尊」。病気の平癒、除災招福、子供の守護や子授けに霊験があるとされています。 右:舞台(昔は京都の清水寺の舞台のようであったらしい)の隅に建つ鐘つき堂。すごくモダンな感じです。 ![]() 左:納骨堂の横、一段低いところにある地蔵堂。このあたりに本堂を再建する計画があるそうですが、大丈夫かな・・・と思いますねぇ。 右:墓地の南西側に下に降りる石段があり、これを下りると納経所があります。その2階が現在、仮本堂になっています。 ![]() 納経所から奥へ行くと、玉出の滝があります。四天王寺の金堂の下にある青竜池から湧き出ている霊水がここに滝となって流れ出ているものといわれ、大阪市内では唯一の天然の滝とされています。 滝の奥にある祠には不動明王が祀られています。それにしても、あんまり滝って感じしないなぁ。それでも、滝修行する人はいるそうです・・・・。 それにしても、ほんとに墓地しかないお寺だこと。いつの日か、本堂が再建されたときに、訪れたいですね。だって、気になるもん、どうやって建てるか(^.^)
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