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「 2007年05月 」 の記事一覧
パソコン復活&パワーアップ!
今使っているパソコンはすでに5年落ち。パソコンの世界で5年落ちはもうそれはすごいくらいの旧型。でも、ネットやオフィス使うくらいならメモリの増設でなんとかなる・・・ていうか、わたしはパソコンでゲームとかしないから全然平気。windowsも2000を使っているので立ち上がり以外はかなり快適。
で、今回、さらに快適にパソコンを使おうと2回目のパワーアップを実施しました。今回はHDの増設とDVDドライブの換装を行います。 現在のHDは40GB(システム)+80G(データ)ですが、この40GBを250GBに換装。いまいち調子が悪いDVDのマルチドライブを2層対応タイプに。あとは、セキュリティソフトの更新、パソコンを早くするソフトの導入、その他ドライバーの更新でレスポンスアップを図ります。 簡単にいくかと思いきや、これが想定外のトラブルに見舞われまして、金曜日から始めた作業がすべて終わったのがなんと昨日。その間ネットに繋げないどころか、パソコンそのものも満足に動かない始末で・・・。OSも3回ほど入れなおしたかな。 そんなこんなで、今は以前より快適にパソコンが動いてます。ネットのスピードも改善。これでwindows2000のサポートが終わる2010年まで現役で使うぞ(^.^) しょうちゃんのパソコン環境 ・CPU Intel Pentium4/2.4GHz ・チップセット Intel 845GE(マザーボード:MSI 845GE Max-L) (インテル® チップセット・ソフトウェア・インストレーション・ユーティリティー導入) ・OS windows2000 Professional SP4 ・メモリ DDR333 512MB×2(1024MB) ・HDD マスター:250GB(50GB+200GB) スレーブ:80GB ・DVDドライブ 一基目:BUFFALO DVSM-XL516FB 二基目:I-O DATA DVR-AN18GS(新規) ・MOドライブ I-O DATA MOA-AX640SW/USB ・カードリーダ BUFFALO MCR-6U/U2 ・デジタルカメラ CANON PowerShot S3 IS ・セキュリティソフト ソースネクスト ウィルスセキュリティZERO ・PC最速化ソフト ソースネクスト 速PACK2007
テーマ:自作・改造 - ジャンル:コンピュータ きょうみーちゃんは(BlogPet)
きょうしょうちゃんで(BlogPet)
そういえば(BlogPet)
久々に撮影だよ
3月の鬼平以来、2ヶ月ぶりに撮影に参加してきました。今回は1年ぶりに現代劇。かつらも衣装も着けなくていい(自前)なので非常に楽。
でも、楽なのはいいんだけど、やっぱり少し緊張感に欠けるなぁ。これは野球選手などと同じくユニフォームに着替えると、モード切替のスイッチが入って気合が入るのと同じなのかも。 ということで、7時半出発でロケ出発。行き先は今出川の時計屋さん。わたしは通行人。1回店の前を横切ったのみで終わり。撮影所に帰ってきて、次は16時出発で北嵯峨の住宅地へ。ここでは野次馬。パトカーや刑事さんを見てわいわい言っている集団という風で。すべて終わったのが19時過ぎ。なんだかんだで12時間拘束ですな。 ちなみにドラマのタイトルは 「法廷荒らし 弁護士 猪狩文助 〜時の剣〜」 以前、今は亡きいかりや長介さんが好演したドラマシリーズをまたやるそうです。 最後に恒例の今日お会いした有名人 ・綿引勝彦 でした! 今回は顔映ってないぞ・・・・多分(^^ゞ
テーマ:テレビ東京系 - ジャンル:テレビ・ラジオ それにしてもみーちゃんは彫刻ー(BlogPet)
きょうみーちゃんは影響したかもー。
それにしてもみーちゃんは彫刻ー! それにしても綾部で志も北上したかったみたい。 また三之宮に資料館に転用ー! それにしても丹波へあさひで水門も走行するつもりだった? それにしてもきのうあさひで、資料館を築城しないです。 できょうはあさひは福知山へ資料館も復元したいなぁ。 尚あさひの水に平定された! 尚あさひで予定したの? それにしてもあさひが影響するつもりだった。 また福知山まで飲食したいなぁ。 *このエントリは、ブログペットの「みーちゃん」が書きました。 ぶらり長岡京
バイクで出かけるには微妙な天気、かといってしばらくは雨が降りそうな気配がない・・・。ということで、なにを思ったか長岡京市に行くことに決定。理由は城があって、なによりJR一本でいけるのでめんどくさくないから(^^)
JR長岡市駅へ着いて目的地の勝龍寺城へ。看板では駅から600mほど。てくてく歩いていくと城の手前に神社を発見。 ■神足(こうたり)神社■ 「旧神足村の産土神。式内社で「延喜式」にのる乙訓十九座の一で「神足神社」(こうたにのじんじゃ)とみえる。 また、文徳天皇の斉衡元年(八五四)に国の官社にあげられる。 祭神は「舎人親王(天武天皇の子)」であるといわれている。 当社には「桓武天皇の夢」として次のような伝説が残っている。 「田村(神足村の旧名)の池に天から神が降り立ち、 宮中を南から襲おうとした悪霊を防いでおられた夢を見られたと言う。 天皇は目覚められ、田村にこの神を祭る社を建てさせ太刀と絹を秘蔵させた。」以後、 この社は「神足神社」と田村は「神足村」と呼ばれるようになったと言われる。」(長岡京市観光協会案内板より) ![]() 振り仮名振ってないと絶対読めない地名だな。事前に調べてから寄れたけど、予備知識なければスルーしてた気がする。右が神足神社に残る空堀と土居の遺構で、これはもともと神足氏の居城『神足城』の外堀だったたそうで、細川藤孝が勝竜寺城を整備したときに、城の北東の守りとして外郭に利用されたようです。 神社から300mほどでお城に到着。 ■勝龍寺城■ 「歴応2年(1339)に細川頼春が築城したといわれ、天正6年(1578)明智光秀の娘、玉(後のガラシャ夫人)が細川忠興に嫁いだ城で、後年の山崎の合戦では光秀がここに本陣を構えました。 鉄砲の時代に対応した先駆的な築城技術を用いた城で、我が国の城郭史上でも貴重なモノであることが発掘調査で明らかになりました。この跡地が管理棟(資料展示室)、櫓や庭園などを備えた都市の公園の姿で復興しました。」(長岡京市観光協会HPより) ![]() 発掘調査にて見事に復元されています。土塁と石垣の組み合わせは実際そうだったそうです。石垣はこの時期の特徴なのか、福知山城などと同じく石造物を使っていました。建物はすべて模擬。左は高麗門(模擬)、櫓風の管理棟。右が隅櫓(模擬)。 ![]() 左が北門跡。明智光秀が山崎の合戦後、この門から落ち延びたらしい。右が細川忠興と玉(ガラシャ)像 近くに勝龍寺がありましたが、本堂真横で住宅工事していたために雰囲気ぶちこわしでした。それがかなり大きな家なのでこのお寺はますます目立たなくなること間違いなしですね。 ![]() お城を後にして、長岡天満宮に向かいます。地図だと近そうですが、距離は2.5kmほどありそう、てくてく歩いていくことにします。 ■長岡天満宮■ 「山繍国乙訓郡畏岡の地は、昔桓武天皇が平城京より平安京に御遷都になるまでの皇都長岡京の跡であり、 又当天満宮の御祭神菅原道真公が在原業平と共に、しばしば遊んで詩歌管絃を楽しまれたところであります。 道真公が太宰府に左遷せられました時この地にお立ち寄りになり「吾が魂、長くこの地に留まるぺし」 と名残を借しまれた縁故によって公御自作の木像を祀ったのが、当宮の創立てあります。 爾来、皇室の崇敬殊に厚く、元和三(1617)年には八條宮の御領地となり、 度々の御寄進・御造営・御殊遇をうけ、寛永十五(1638)年には、参道をはさんで南北にひろぴろと広がり、 西山の翠緑を映す八條ヶ池が築造されました。中堤の太鼓橋は加賀、前田候の寄進になると伝えられる名橋であり、 両側には樹齢百五十年余、高さ三米に達する『きりしまつつじ」が多数植えられており、 新緑に映える真紅のきりしまの見事さは、まさに我が国随一のものと称されております。」(長岡天満宮紹介より) ![]() どーーーんと大きな鳥居がお出迎え。右が残念ながらほとどんど終わりかけのキリシマツツジ。 ![]() 左は拝殿。拝殿に続く本殿は昭和16年に京都平安神宮の社殿を拝領移築したもので、拝殿は平成10年に既存の素木の拝殿を朱塗りにし増改築したもの。右が境内にある末社の一つで長岡稲荷台明神。 長岡京市は筍の特産地ということをはじめて知り(こういう発見があるから楽しい)境内の出店で焼き筍を一串いただきました。香ばしくてこういうのもありだなと思わせる味でした。 足を伸ばしてボタンで有名らしいお寺へ向かいます。これも1km以上歩いたぞ。 ■乙訓(おとくに)寺■ 真言宗豊山長谷寺の末寺。聖徳太子が開いたと言われています。延歴4年(785)に早良親王が幽閉され、弘仁2年()811には、空海(弘法大師)が当時の別当に任じられています。境内では約2,000株のボタンが4月下旬に大輪の花を咲かせます。 ![]() すでにシーズンは終わったみたいで、2割程度しか咲いてませんでした。どうりで人が少ないはずだ・・・・。 ![]() 左が本堂。右が仏石塔と無数のお地蔵さん。 2割しか残ってないのに入山料300円はちと高いかな。行き交う人もそのようなことを口々にしてましたしね。 あと2つ寺社を回って帰路につこうと、またもてくてく。考えたらレンタサイクル使えばよかったと家に帰ってから気がつきました(^^ゞ ■寂照院■ 弘仁10年(819)道雄僧都が創建した海印寺十院のうちのひとつ。四天王立像4体や金剛力士立像2体などがあります。また1227年に道元禅師が中国から持ち帰った孟宗竹を植えたのが、名産乙訓たけのこの始まりともいわれています。 ![]() ピカピカすぎて趣に欠けるお寺ですが、仁王門の仁王は力強そうで結構いいです。右が本堂の裏に保存されている走田9号墳(市指定史跡)。本堂再建時に発見された古墳だそうで、立派な石室が見れます。 その寂照院の裏手に、わたしの好きそうな神社が。 ■走田神社■ 「奥海印寺・長法寺両村の産土神。式内社で「延喜式」にのる乙訓十九座の一つである。 祭神は、天児屋根命・武甕槌神・経津主神・姫大神の春日四神を祀る。 かつては「妙見社」と言われ寂照寺の鎮守であったが、明治以後、 正式に「走田神社」と呼ばれるようになった。社名の「走田」は初穂をつくる田を指し、 早稲田の守護神であったであろう。なお、正月十三日には御千度詣りや弓講が行われる。 また、明治初め頃まで同じ祭神を祀る小倉神社(大山崎町円明寺)の神輿がこの社まで渡御し、 その道がまだ古老たちによって語り継がれている。」(長岡京市観光協会案内板より) ![]() 最後の最後に落ち着ける神社に来たなぁと感動。この雰囲気があるおかげか、時代劇の撮影でも使われるらしい。確かに納得。 ここで散策を終了して帰路につきました。久々によく歩いたなぁという感じです。6〜7kmは歩いたんではなかろうか。 一人でぶらぶらするのも楽しいんですが、ほんとなら相方と散策したかったですな。インフルエンザでせっかくのGWをすべてつぶしちゃったかわいそうな相方。早くよくなってね! 結局夕方まで天気持ったなぁ・・・。これならバイクで出かければよかったかな、とちょっと後悔してたりして(^^)
テーマ:京都 - ジャンル:旅行 初回点検実施
ツーリングで一気に走行距離が1000km超えました。さすがに初回点検を受けなくちゃいけないだろうと思いディーラーに電話。今日できるということなので、お出かけ前にディーラーに寄ってバイクを預けることに。で、夕方に引き取りに行くことにしました。
初回点検費用はクーポン券があるから無料だけど、オイル代等の消耗品は実費。ミッションオイルとエンジンオイルとオイルフィルターで9,270円。 でも、本来なら点検費用込みで25,020円。 どっちゃにしろすさまじく高いな・・・。 あと、1000kmしか走ってないのにエンジンのロッカーカバーからオイルの滲みがあったので、これをクレームで修理してもらいました。ガスケットの交換で直ったみたいですが、再発しないことを祈ります。 たしか2007モデルから新しいガスケットに変ってオイルリーク対策しているはずですが・・・。1000kmでオイル漏れって改良した意味ないですな。
テーマ:ツーリング - ジャンル:車・バイク 福知山ツーリング 後編
後編のスタート! 今回も写真満載でお送りします(^^)
■福知山市佐太清記念美術館■ 「福知山城の下にある、城の外観をした櫓風建物は、福知山市美術館です。平成2年(1990)4月に開館しました。 福知山市出身で文化勲章を受章した現代日本画家・佐藤太清画伯の見ごたえのある花鳥画を中心に、日本画を展示しています。佐藤画伯は、自然の風景や花鳥を題材にし、現代的な日本画として完成させた第一人者で、平成4年(1992)に文化勲章を受章されています。 ゆっくりと絵を楽しめる美術館として、親しまれています」(福知山市HPより) ![]() 櫓風に造られた市立美術館で、福知山城と意匠をあわせ景観に一役買ってます。外側から見たとき、普通に城の建物だと思ってました。絵画も見学(一応、元美術部(幽霊部員))。自然を題材にしてなんか心和む絵でした。 雨降ってちょっぴりぐしょぐしょになったヘルメットをかぶり(クールマックスのインナーキャップがあってすごく助かった)、城を後にして近くにある神社へ。この神社には明智光秀が祭られているそうな。 ■御霊神社■ 「市街地の中心に位置する御霊神社は、もとは稲荷社で商売とのかかわりも強く、町の鎮守、庶民の神社として親しまれています。現在は、明智光秀の霊が合祀してあり、光秀ゆかりの神社としてもよく知られています。 社記によると、元々光秀の霊は稲荷社とは別に菱屋町の常照寺境内にまつられていましたが、水害など度重なる災害を光秀の霊と結びつけ、その霊を慰めるために宝永2年(1705)に現在の御霊神社に合祀したものと伝えられています。 神社には、光秀の軍隊の規律が書かれた明智光秀家中軍法をはじめ、明智光秀にかかわる3通の古文書が残されています(郷土資料館にて保管展示)」(福知山市HPより) ![]() 拝殿は比較的新しいものらしく、朱塗りと金箔が鮮やかです。唐破風の瓦に明智家家紋の桔梗。 ![]() 境内にある神社で、左が叶(かなえ)神社。この叶石は礫岩で俗称「子持ち石」と云い、ヒスイ、メノウ等が入り混じったもので古代当社に奉納された霊石だそうです。右が堤防神社。市内を流れる由良川は大雨が降るたびに氾濫する暴れ川。その恐ろしさ、先人の築いた堤防のありがたさを後世に伝えるため、全国唯一の堤防そのものを御神体とする堤防神社を建立しました。 ここの駐車場で、次はどこに行こうか、近くの温泉にでも寄って帰ろうかと地図を広げて思案していたらまたもポツポツと雨が。仕方なく、福知山から離れることにし、帰路につくことにしました。帰路も当然下道。176号線を南下するルートを取ります。 しばらく走っていると柏原町に入りました。看板に「八幡神社」「木の根橋」とありましたので、ちょっと寄り道してみることに。これが実に当たりで寺社仏閣好きのわたしとしてはこの神社は大いに気に入りました。 ■柏原八幡神社■ 「創建は平安時代の万寿元年(1024年)。祭神は誉田別命(応神天皇)、息長足姫命(神巧皇后)、姫三柱之命。 安土桃山時代再建の複合社殿(本殿と拝殿)が国の重要文化財に指定されている。 また境内には江戸時代再建の三重塔がある。神社境内に塔があるのは全国で18例のみである」(Wikipediaより) ![]() こんな小さな町にこれほど大きな神社があるとは思いませんでした。左が参道入口の一の鳥居で、右が二の鳥居。結構距離ありましたねぇ。ちなみにこの八幡神社がある柏原八幡山73ヘクタールは兵庫県の環境緑地保全地域に指定され、ひょうごの森百選やひょうご風景百選にも選ばれているそうです。 ![]() 重要文化財指定の社殿は天正13年(1585)に豊臣秀吉によって造営されたもので、入母屋造の拝殿と三間社流造と本殿が繋がった複合社殿になってます。珍しい上に凝った造りで小さいながら存在感が抜群です。さすがは重要文化財。 ![]() 応仁年間(1467〜69)に建立されたと伝えられている三重塔は、戦乱で焼失し、その後再建されたものも落雷により再び焼失、現在の塔は文化12年(1815)再建。神社に塔が現存している例は全国的にも珍しく、明治初期の神仏分離の際、棄却されようとしたが「柏原文庫」と称することにして存続が許されました。兵庫県指定の重要文化財。(web上の説明文より) 平成3年の台風による被害を受け修理された時に色が塗られたようで、再建時の色が社殿と対照的でとっても派手。左手の銅鐘は豊臣秀吉が大砲を鋳造する材料として集めたものの一つと伝わっています。康応元年(1389年)と天分12年(1543年)の二つの年号が刻まれているのが特徴で兵庫県指定文化財です。 神社の傍に、大きなケヤキの木。 ![]() これが柏原町のシンボル、木の根橋のケヤキで、その名のとおり木の根が橋のように小さな川をまたいでいるので、その名がつきました。木の根の写真撮るのを忘れてた・・・。ちょっと残念。 観光案内所でマップをGET。バイクを止めてちょっと歩くと・・・・、 ■柏原藩主織田家長屋門、栢原藩陣屋跡■ (長屋門)柏原藩初代藩主織田信休が、公邸の表御門として正徳4年(1714)に築いたもので、内部は向かって左側が、畳敷きの番所、門扉を挟んで右側が、板張りの馬見所と砲庫の3室に仕切られている。桁行き13間半、梁間2間を測り、桟瓦葺きの入母屋造りと、総体的に簡素な構造ではあるが、数少ない大名邸宅遺構の一つとして貴重である。 (陣屋跡)柏原藩陣屋跡は、正徳4年(1714)に初代藩主織田信休によって造営された柏原藩主織田氏の居館跡である。道営当初の建物は、文政元年(1818)の火災で焼失し、文政3年(1820)頃に再建されたものが建存する御殿である。現在は表御門の部分と長屋門が残るだけであるが、門から御殿玄関へと続く構えは、全国的に類例が少なく、近世大名の居館を考えるうえでも貴重な遺構として、国の史跡に指定されている(以上、現地説明文より) ![]() 左が長屋門でその門をくぐると陣屋跡があります。陣屋とは藩邸のことです。おどろくなかれ、この門と陣屋は小学校の敷地内にあります。どうりで、陣屋の横に給食室があると思ったらそういうことだったんですね。時間が遅くて陣屋内部や向かいにある資料館に入れなかったのが心残りです。 ![]() 左が織田神社。織田信長の弟信包の孫で、柏原藩三代目の藩主織田信勝を祭る神社です。右が陣屋跡の小学校敷地内にあった田ステ女像。田ステ女は知らなくても「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」の句は聞いたことあると思います。この句を読んだのが田ステ女で6歳のときに読んだそうです。柏原が生んだ偉大な俳人で、「元禄の四俳女」の一人に数えられています。 ここで柏原を後にして本当に家路につきました。福知山、柏原と小藩の城下町を十分堪能。特に柏原が織田ゆかりの土地だとはまったく知りませんでした。こういう発見があるから町めぐりは楽しいんですよね(^^) 柏原はまた行ってみたいと思います。次のツーリング(舞台があるからいつになるやら)はもっと遠く、日本海まで行ってみようと考えてます。 ところで、今回のツーリングで明らかになったこと、それは スポーツスターの純正シートは長距離に向いてねぇ! 100km前後でケツに来ます。FZ400と比べても疲労度が全然違いますね。ロングツーリングだと純正シートでは無理っぽい。ということで、次のカスタムはたぶんシート。でも、K&Hのシート高いのよね・・・・。
テーマ:ツーリング - ジャンル:車・バイク 福知山ツーリング 前編
天気だ! 休みだ! 予定が無い! となればバイカーならツーリングに出かけるのが当たり前(^^)
混んでいると思われるコースは避け、篠山よりちょっと遠くでお城がある福知山に行くことに決定。当然ほぼ下道。尼崎から北上して国道173号線に入り綾部経由で福知山というルート。 能勢辺りで渋滞に巻き込まれましたが、そこ以外は比較的空いて、田舎道をゆったりクルージングすることができました。 福知山へ行くのになぜ綾部経由にしたかというと、途中にある大原神社というところに寄ってみたかったから。写真で見てここはいいかもと思いまして。で、その道中でこんなものを見かけました。 ![]() 看板には「山内一豊公ゆかりの地 三之宮城跡」と書かれています。帰ってから調べたところによると、大河ドラマ「功名が辻」の放映にあわせて整備されたとか。 一豊の山内氏が尾張国(愛知県西部)に名を表すようになったのは一豊の祖父、久豊からであると考えられています。。それ以前についてはここ丹波三之宮城(京都府京丹波町三ノ宮)あたりを拠点としていた小豪族がそれに当たると言われているそうです。 時間があれば登ってみたかったんだけど、渋滞の影響でちょっと余裕が無かったので写真のみ。またいずれ・・・。 ようやく第一目的地の大原神社へ到着。ちょうどこの日は、春季例大祭で結構にぎわってました。ここまでで休憩入れて3時間。ケツも痛くなってきたし、ちょうどよかったです(^^) ■大原神社■ 「古く「大原志(おおばらざし)」と俳句の季語にも詠まれた大原神社はこの地方の安産信仰をつかさどる神社としてたくさんの人々が参拝に訪れています。仁寿2年(852)に創建され、累代藩主の庇護を受け公卿諸侯の尊崇を仰ぎ、とりわけ綾部藩主九鬼侯の崇敬篤く、現在の広壮なる社殿は寛政8年(1796)に再建されたものです。拝殿唐破風の「龍の丸堀り」等の彫刻は見ものです。京都府有数の絵馬を所蔵する芽葦の絵馬殿とともに京都府の指定文化財に指定されています」(web上の説明文より) > ![]() 拝殿です。こじんまりしているのに、この唐破風下の彫刻は見事! 龍の彫刻をはじめ、すべてが息を呑むほどすごいです。 ![]() 左が絵馬殿。お祭りなので、中はイベント会場になっていてゆっくり見れなかったのが残念。右が行事の一つでもある餅撒き。景品付だそうで、みなさん結構本気になってました。それにしても、傘を広げるのはマナー違反なような気がしますが(^^) ![]() 火神神社と水門神社。 安産の神様なので、男一人でお参りに来ている人はわたし以外ませんでしたが・・・・(^^ゞ お参りは安産以外のことを願ったのは言うまでも無いけど。 大原神社を後にして福知山城へ向かいます。程なく到着して、小腹も空いたし何か食べようとそばの喫茶店(ここしか飲食できるところが近くになかった)でお茶していると、にわかに曇りだして、雷鳴が響き、雨がざっと降ってきました。かなり焦りましたが、にわか雨だったみたいで10分くらいで止んで一安心。喫茶店を出て第2目的地の福知山城へ。 ■福知山城■ 「もとは小笠原長清の末裔とされる塩見頼勝が、室町時代後期に同地に築城した横山城という掻上城であった。1579年(天正7年)に明智光秀は丹波国を平定すると、これを福智山城と改名、近世城郭へと大修築したものである(城代は藤木権兵衛・明智秀満)。尚、江戸時代の城主、朽木氏により「福知山」に改められた。 本丸の石垣と、二の丸から本丸に移築された銅門脇番所(多聞櫓)は当時のものであるが、現在の天守は1985年(昭和60年)に復元されたもの(市郷土資料館)である」(Wikipediaより) ![]() 外観復元された大天守と小天守。復元具合は見事で、鉄筋コンクリート製ながら当時を偲ばせる立派な造りです。板張りなところが古風さを醸し出してますねぇ。中は郷土資料館になってます。 ![]() 左が小天守東側にある朝暉(あさひ)神社。朽木分家始祖朽木稙綱(関ヶ原の役で西軍から東軍に寝返った朽木元綱の三男・福知山朽木家初代藩主朽木稙昌の父)を奉る神社です。右が大天守東側にある豊磐の井。直径2.5m、深さ50mは日本一を誇る井戸。今も清らかな水をたたえてます。 ![]() 福知山城の魅力は石垣にあります。一見無造作に積み上げられたように見える石垣は「穴太積(あのうずみ)」と呼ばれる積み方で、約400年の歳月を耐えてきています。石仏・石臼・灯篭など数多くの転用石が見られます。 未加工の自然石が用いられた石垣にあって、この転用石は非常に目立ちますねぇ。ほんと野面積の石垣はある種芸術品だと思う。 写真多いので、ひとまず前編終了。続きは(といっても、もう少ししかないけど)明日。お楽しみにね!(^^) XL883R 本日の走行距離:232km 積算走行距離:1,032km 給油:11.5リットル
テーマ:ツーリング - ジャンル:車・バイク XL883R カスタマイズ第6弾・DAYTONA キー付きタンクキャップ
国産車には当たり前のキーロック付きのタンクキャップ。なのに、ハーレーにはキーなどついてなく普通に開け放題。誰でも回せばキャップを外すことができますので、悪意を持った人であればいたずらされる危険性大。
オプションでもキー付きのキャップがあるけど高い。純正でなきゃというこだわりは無いので、DAYTONAのものを選びました。 ![]() 開けるのにちょっとコツがいりますが、やっていくうちに慣れます。これで少しでもいたずら防止に役立てば・・・と思います。
テーマ:Harley-Davidon - ジャンル:車・バイク バイク乗るのが(BlogPet)
きょうみーちゃんがここで給油♪
だってきのうはしょうちゃんはサインー! だってみーちゃんがここまでしょうちゃんがここにしょうちゃんと呑吐した?
*このエントリは、ブログペットの「みーちゃん」が書きました。 | HOME | | |
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