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「 ツーリング・ドライブ・旅行 」 の記事一覧
青春18きっぷin広島ツアー その4
十分に昼休憩も取りましたので、平和記念公園に向かいます。
木の陰から見えてきた原爆ドーム。昔からどうしても直で見てみたかった建物。はやり、現物は写真と違います。見た瞬間、はっと息を呑みましたから・・・。 ■原爆ドーム■ 広島原爆ドームは、広島県物産品の販売促進を図る拠点として1915年(大正4)年、チェコ出身の建築学者ヤン・レルツの設計により建設。設立当初は「広島県物産陳列館」という名称で、その後「広島県立商品陳列所」、「広島県産業奨励館」と改称されました。1945年8月6日、原爆の投下により、建物は一瞬にして大破しましたが、爆風を真上から受けたため完全消滅を免れ、現在の形だけが残る事になりました。その後、広島市は原爆ドームの永久保存を決定し、募金などにより二度の保存工事を行いました。この原爆ドームは、原爆の恐ろしさ、悲惨さを人々に伝えて行く重要な建物として、また、核兵器廃絶と恒久平和を求める誓いのシンボルとして世界遺産にも登録されています。(web上の説明文より) ![]() 内部の瓦礫の山が、惨状を物語ります。 ![]() 外壁しか残ってません。ひん曲がった鉄骨とともに、原爆のすさまじさを表しているようです。 ![]() 元安橋から原爆ドームを望む。近代的な町並みが見えます。このあたりが、60数年前、焼け野原だったのかと思うと・・・。 負の遺産で唯一の世界文化遺産である原爆ドーム。人類に核兵器の恐ろしさ、戦争のおろかさを伝える平和のシンボルとして永久に存続して欲しいと願います。 原爆ドームのすぐ近くにある「動員学徒慰霊塔」です。 (太平洋戦争中、増産協力、建物疎開作業などの勤労奉仕に動員された学徒のうち原爆犠牲になった6千余人の霊を慰めようと願ってたられた碑です。(web上の説明文より) ![]() 原爆の子の像。この像の由来を資料館で見ましたが、あまりに壮絶すぎて・・・。 (原爆の子の像(げんばくのこのぞう)は、広島県広島市の広島平和記念公園内にある、佐々木禎子(像のモデル、原爆による白血病で死去)の同級生等による募金運動により作られた像。1958年5月5日完成。(Wikipediaより)) ![]() 原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)です。碑には「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻まれています。 ![]() 広島平和記念資料館です。お盆休みもあって、場内はすごい人でしたが、展示物は端折ることなくすべじっくり見学しました。原爆のほんの一部を伝えるだけですが、その悲惨さは十二分に伝わりました。 地下で、「被爆建造物は語る」という企画展をしていましたが、こちらは誰も気がつかないのか、人もあまりおらず、ゆったりと見ることが出来ました。 ![]() 立広島原爆死没者追悼平和祈念館の入り口にある「8時15分」を表すモニュメント。とその周辺には工事中に出土した被爆瓦などを配しています。 この建物を見ていて感じたのは、なんと中途半端な施設なんだろうか・・・と。資料館を見てきた後だけになおさらそう思います。 相方が、ご飯食べた後に原爆ドームや資料館を見学したほうがいいという理由がわかりました。これらの施設、展示物を見た後でご飯食べる気になれないです・・・。 午後の観光はここで終了。いったんホテルに戻って、ちょっと休憩してから宮島水中花火大会を見に行きます。事前に収集した情報では、島に渡ると地獄を見るとのことなので、対岸から地元の人たちに混じって見物しようということに。 宮島で晩御飯のアナゴ飯を購入。ちょうど出来立てを買うことが出来てラッキーでした。地元の人たちに付いて行く様にして、岸へ。これが、結構よく見えるポイントで十分に花火とアナゴ飯を堪能することが出来ました。 人ごみにもまれつつ、帰路(ホテルですが)へ着きます。思ったよりすんなり電車に乗れて、ここで全精力を使い果たすことなく無事に帰れました。 次の日は、最終日。お土産買って、駅前をうろうろして、お昼ご飯食べて、また青春18きっぷを使い6時間かけて帰りました。 当然のことですが、帰りの電車はほぼ爆睡。さすがに疲れました。若いつもりだったんですけどねぇ・・・(^^ゞ 3日間の観光でしたが、まだまだ回りきれていません。宮島は半分も見てませんし、道中で見た福島や尾道にも行ってみたい。広島はまた必ず訪れたいと思います。 次ももちろん青春18きっぷだ(^_^)/
テーマ:世界遺産・遺跡・名所 - ジャンル:旅行 青春18きっぷin広島ツアー その3
翌朝、ホテルのバイキングで朝食をとり、ゆっくりしてからいざ出発。
![]() 広電乗って、紙屋町東駅で降ります。この手の路面電車の新しい車両はみんな近未来的。岡山もそうだったと思います。路面電車ですからもうちょっとノスタルジックな外装でもいいんじゃないかなぁと感じるのはわたしだけでしょうかね? なんとなく味気ない気がするんですよ。 午前中は広島城を散策します。駅から10分くらい。これくらいの距離なら暑くても楽勝です。 ■広島城■ 広島城は、豊臣秀吉の五大老の一人として知られる毛利輝元が築いた典型的な平城です。江戸時代には、福島氏、次いで浅野氏が居城していました。築城以来の天守閣は昭和6(1931)年に国宝に指定されましたが原爆によって倒壊し、昭和33(1958)年に外観復元されました。平成元(1989)年には築城400年を機に内部改装を行ない、現在は武家文化をテーマとした歴史資料館となっています。(web上の説明文より) ![]() 左:二の丸御門橋と表御門。 右:二の丸平櫓。平櫓と太鼓櫓の間は多門櫓。 ![]() 左:表御門を二の丸側から見たところ。 右:太鼓櫓。2階に上がることはできませんが、1階に太鼓がおいてありました。もちろん、叩きましたよ(^.^) 二の丸の建物は江戸時代の旧態に戻すため、すべて木造で推定復元されています。 ![]() 左:中御門跡枡形を通って本丸へ。 右:本丸内にある広島護国神社。(明治元年の戊辰戦争で戦没した浅野藩士をまつることで、水草霊社が建立されたのが始まり。その後原爆で焼失し昭和31年現在の広島城跡に再建されるた。昭和46年昭和天皇の御参拝を契機に年々参拝者が増加し初詣は50万人を数える。(web上の説明より)) 場内にも原爆関連のものがありました。 ![]() 左:旧・中国軍管区地下通信室跡です。 (広島城とその周辺には、多くの軍事施設(中国軍管区司令部など)があり、ここには半地下式の作戦指令室、通信室が設けられていた。この通信室では、多くの軍人、軍属に混じって、学徒動員された比治山高等女学校の女生徒たちも働いていた。 原爆で、市内の電信電話は破壊されたが、かろうじて残ったここの軍事専用電話を使って、女学生が広島の壊滅を通信した。これが、広島の原爆被災の第一報といわれている。 (説明版より)) 右:大本営跡です。 (広島大本営(ひろしまだいほんえい)は1894年に勃発した日清戦争の戦争指揮にために広島県広島市の広島城内に設置された、最高統帥機関である大本営である。 その後文化財として保護され、「史蹟明治二十七八年戦役広島大本営」として1926年に国の史跡に指定されたが、1945年8月6日に原爆投下により一瞬にして建物が崩壊し、現在では建物の基礎および礎石と一部文字が消された碑石が残っているのみとなっている。(Wikipediaより)) ![]() 左:現在の大天守は1958年(昭和33年)に「広島復興大博覧会」が開催された際、鉄骨鉄筋コンクリート造で外観復元されました。内部は博物館になってます。 右:天守礎石です。(ここにすえ付けてある石は昭和三十三年天守閣再建に際して、もと、天守閣柱下の礎石を掘りおこして原型のまま移したものである。玉石排水溝の内側が天守台の大きさである。一段低くすえてある石は今もなお天守台の地下に埋もれている礎石の位置を示している。(説明版より)) 天守閣内は、冷房がほとんど効いてなく(入り口で団扇配ってたから、もしかしたらと思いましたけど)要所要所で扇風機が回っていましたが、かなり暑かったです。これではゆっくり展示物を見ようという気も起こらないかもしれませんね・・・。 それにしても、原爆さえなければこのお城も天守閣や櫓類を残した壮大な城郭を見ることこができただろうに・・・。すごく残念です。 午前中はこれで終了。炎天下で歩き回るのは体力的にもきついので、お昼にしてゆっくりお茶して昼からに備えます。 今日はここまで。その4へ続きます(^_^)/
テーマ:世界遺産・遺跡・名所 - ジャンル:旅行 青春18きっぷin広島ツアー その2
ついに、今日の本命、厳島神社へ突入です(^.^) 世界文化遺産、以前から一度は訪れたかった神社ですからね。
■厳島神社■ 厳島神社の創建は、推古天皇元年(593年)、佐伯鞍職によると伝えられます。平安時代後期の仁安3年(1168年)には、佐伯景弘が厳島神社を崇敬した平清盛の援助を得て、今日のような廻廊で結ばれた海上社殿を造営。本殿以下37棟の本宮(内宮)と、対岸の地御前に19棟の外宮が設けられ、全て完成するまでに数年が費やされたといわれます。社運は平家一門の権勢が増大していくにつれ高まり、その名を世に広く知られるようになりました。 鎌倉時代から戦国時代にかけて政情が不安定になり荒廃した時期があったものの、弘治元年(1555年)、厳島の合戦で勝利を収めた毛利元就が神社を支配下に置き庇護したことから、社運は再び上昇。天下統一を目前にした豊臣秀吉も参詣して武運長久を祈願しており、その年安国寺恵瓊に大経堂(千畳閣)建立を命じています。 厳島神社は社殿が洲浜にあるため海水に浸る床柱は腐食しやすく、また永い歴史の間には幾度となく自然災害や火災に見舞われてきましたが、その度に島内外の人々の篤い信仰心に支えられて修理再建され、今日まで平安の昔さながらの荘厳華麗な姿を伝えています。(公式HPより) まず、入る前に外から神社を眺めます。 ![]() 見事に潮が引いています。鳥居に近づけていいんですが、厳島神社は海に浮かぶイメージがありますのでちょっと美しさが足りないかなぁと感じますね。 左の写真、神社の平舞台が北側に突き出たところを「火焼前(ひたさき)」といいます。右は大願寺側から。能楽屋です。 ![]() 入り口で、拝観料300円を納めます。世界文化遺産(国宝)が300円で見られるんですから安いもんです。 ![]() 左:朱塗りの柱がずらりと並ぶ東回廊です。 右:客社祓殿正面。背後の五重塔が見えたのでいいアングルかなと・・・(^.^) ![]() 左:干潮のときにしか観る事が出来ない「鏡の池」 写真中央の丸い水がたまっているところがそうです。この池は干潮時に火災が発生したときの消火用の水の役割を果たしたと言われ、池に映る月は最も美しいと言われていたとか。 右:東廻廊から本殿を見ます。 ![]() 左:平舞台から大鳥居を見ます。少し潮が満ちてきています。 右:今まで見た神社のどれよりも威厳と風格がある気がする本殿。手前に見えるのが高舞台。 (切妻両流造りで、正面には緑青塗りの引き違いの菱形の格子戸がはめられた本殿には、市杵島姫(いちきしまひめ)・湍津姫(たぎつひめ)・田心姫(たごりひめ)の宗像三女神が祭られています。現在の本殿は元亀2年(1571年)、毛利元就によって改築されたものです。 本社祓殿前にある、黒漆塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらし前後に階段をつけた舞台で、平清盛が大阪・四天王寺から移したという舞楽がここで演じられます。舞楽の舞台としては最小のもの。現在の舞台は天文15年(1546年)、棚守房顕によって作られたもので、当初は組立て式だったものが江戸時代初期に現在のような作り付け構造になったと考えられています。(公式HPより)) ![]() 左:大国神社脇から後園に通じるこの長橋は長さ約33mあります。 右:国内でも唯一の海に浮かぶ能舞台で、現在、重要文化財に指定されている国内5つの能舞台のうちの1つです。 ![]() 左:反橋(そりばし)は、かつて重要な祭事の際、勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから別名・勅使橋(ちょくしばし)とも呼ばれました。現在の橋は、弘治3年(1557年)に毛利元就・隆元父子によって再建されたもので、擬宝珠の一つに刻銘が残っています。(公式HPより) 右:人が歩ける角度ではありませんので、渡る時には階段を置いたそうです。 ![]() 左:西廻廊です。東より西のほうが長い。 右:出口部分屋根が唐破風なのは、実は昔はここが神社の入り口だった名残だから。 神社を抜けたところにお寺があります。大願寺というお寺。 (厳島神社の修理、造営を明治維新まで司ってきたのが当寺院です。 開基は不明ですが、建仁年間(1201〜03)の僧了海が中興の祖とされています。戦国時代に僧尊海は大内義隆の援護をうけ、厳島社の一切経を求めて朝鮮半島に赴き、この時の記録は「尊海渡海日記」として国の重要文化財になっています。 幕末には幕府から勝海舟が訪れて長州戦争の休戦交渉が開かれました。そして明治初期の神仏分離では、町内の各寺堂の仏像・仏具はここに移され、破却をまぬがれました。大経堂(千畳閣)にあった本尊釈迦如来像など国の重要文化財になっています。 ここに祀られている弁財天は、日本三弁財天(他に江の島、竹生島)として有名で、毎年6月17日に弁財天祭が行なわれています。(公式HPより)) ![]() 左:山門です。回りがオープンなので門という感じはぜんぜんしませんが・・・・。 右:弁財天を祭る本堂です。この寺の秘仏厳島弁財天は弘法大師空海の作と伝えられ、日本三弁財天の一つだそうです。 ![]() 左:大願寺の九本松。松は口頭伝承によると、伊藤博文が明治時代頻繁に来島され、その際に植えられたと伝えられています。珍しい姿から廿日市市の天然記念物に指定されています。 右:妙に真新しい建物は護摩堂といって不動明王を祀るものです。明治初頭の神仏分離令で損失していたんですが、平成18年春に、 約140年ぶりに再建されました。 ![]() 左:大願寺境内の東側に(宮島)平和観音がありました。 右:後白河法皇承安四(1174)年御行幸松。後白河法皇お手植えの松で、触ればご利益があるということなので、思いっきりなでてきました(^^ゞ 時間もなくなってきましたので、最後に表参道商店街をぶらぶらします。 ![]() 左:商店街風景。匂いに負けて焼かきを食べてみると、これがいままで食べたどのカキよりうまかった! 臭みもなくジューシィ・・・。シーズンオフでこれなら冬に来れば・・・と思うとまた来たくなります。もみじ饅頭もノーマル以外のものをつまんでみましたが、一番期待していなかったチーズが一番うまかった。もみじ饅頭恐るべし(^.^) 右:宮島名物「宮島大杓子」(おおしゃくし)です。大きさは長さ7.7m、最大幅2.7m重さ2.5tもあります。材質はケヤキで(樹齢270年・長さ13m)産地は埼玉県です。観光名所の一つとして宮島表参道商店街に飾られています。橋に写っている子どもと比べれてみれば、どれくらい大きいかわかるかと思います。 ここでタイムアップ。名残惜しいけど宮島を後にします。ロープウェーがなぜか休業で、弥山に登ることが出来ませんでした(くそ暑い中、1kmも歩いて登山する若さはない(^^ゞ)。 絶対にもう一回来たいです。そして、隅々までゆっくり回って、宮島のすべてを目に焼き付けたいですね。次に来るなら・・・・やはり、シーズンの冬がいいかな(^.^) 船に乗り宮島へ戻り、電車に乗って広島市内へ。ホテルに着いて、ちょっと一息。 晩御飯は、広島といえば広島焼! ということで、相方が探してきたお店に行くことにしました。行ったのは「京ちゃん」というお店。ものすごくアットホームなお店で、お客もわたしたちが行ったときには地元の人しかいませんでした。 肝心の広島焼きは当然のごとくウマー! やはり本場は違う。ボリューム満点。見た目よりあっさりしている感じ。お好み焼きよりうまそうだったのが、隣のテーブルが頼んでいた焼き飯。お好み焼きでお腹がいっぱいになったので頼むことが出来ず・・・・。無念、次回来たときにリベンジするぞ(^_^)/ と、一日、ほぼノンストップで駆け抜けてきましたので、かなり疲れました。明日も暑い中、観光に回らなければならないので、体力回復させるために早めに休むことにします。相方の体調もあまりよくないですからね・・・。 次回は広島。近日中にアップします。これも、わたしが昔から見たかったもの・・・。そう、負の遺産です。
テーマ:世界遺産・遺跡・名所 - ジャンル:旅行 青春18きっぷin広島ツアー その1
去年は那智勝浦でしたが、今年は広島に旅行することになりました。宮島、平和公園を回るので2年連続世界文化遺産を見に行くことになります。
普通の人なら新幹線で大阪から2時間弱で行くところですが、今回は青春18きっぷを使い時間かける代わりにコストダウン。広島まで2,500円。ただし、乗り換え含めて約6時間かかります。 同僚からは「なんの罰ゲームですか?」と言われましたが、まぁ、電車好きですから・・・ね(^^ゞ 燃料高騰と物価高による財布の引き締めが影響しているのか、電車乗る人の多いこと。わたしたちみにみたいに青春18きっぷを使い遠距離乗っている人たちも結構いるようです。6時間半の道程のうち、座れたのは半分くらい。ずっと立ちっぱなしだったら非常にやばかった・・・。観光する前にエネルギーが切れなくてよかった(^.^) ![]() 8時過ぎに電車に乗って、2時に到着。6時間かけてはるばるやってきました。降りた瞬間、久しぶりの日差しにくらっときました・・・。 ![]() 宮島までは船で10分。青春18きっぷなのでJRの船も乗り放題。 ![]() 厳島神社の赤い鳥居が見えてきました。五重塔の横の大きな建物は千畳閣。 船を下りて、神社へ向かいます。ちょうど引き潮で、大鳥居のそばまで行けそう。 ![]() 左:浜側の道を歩いていきますと、わたしのコロコッケ屋さんが(^.^) 今思えば、食っておけばよかったと後悔。 右:お店が並んでますが、メインストリートではありません。日よけがありがたいです。 ![]() 大鳥居が聳え立っています。大鳥居は国指定重要文化財で平安末期から数えて現在のものは8代目だそうです。大鳥居の屋根の直下に石ころ約7トンを‘おもし’として入れてあり、重量60トンという自然の重さでもって建っているんだとか。すごすぎです。 ![]() 左:途中にあった末社「荒胡子神社 」(石造りの四脚鳥居、瓦葺の拝殿があり、その奥に桧皮葺で朱漆塗の社があります。1441年に建てられ、もとは大願寺の子院金剛院の鎮守であったといわれています。本殿は国指定重要文化財。(web上の説明より)) 右:宮島も鹿で有名です。奈良と違うのはえさを与えていない野性であること。でも、奈良の鹿より絶対おとなしいと思う。一部、荒いやつ(ソフトクリームのコーン分捕るやつとか、マップ(紙)に食いつくやつとか)はいましたけどね。 ![]() これは摂社「三翁社」(平清盛が近江の「日吉山王」を勧請したといわれ、付近を坂本といっています。一間社流造り桧皮葺、桃山時代の様式をした本殿三社が並び、入口には宮島に唯一の銅製の神明鳥居があります。(web上の説明より)) ![]() 左:宝物館の横、目立たない階段を上ると多宝塔があります。その階段の途中にある向こう側が覗ける木。生命を感じますねぇ。 右:多宝塔です。(創建されたのは大永3年(1523)。僧周歓が手がけた高さ約15.6mの塔は純和風様式を基調としながらも、部分的に天竺様や唐様の手法を採用。また、塔の下層の方形、上層は円形と形が異なるなど興味深い構造となっています。厳島合戦では、この一帯が、陶軍の最初の本陣になったといわれています。(web上の説明より)) ![]() 陶軍の本陣から見た風景。なかなかの景色です。ここは穴場なのか、あまり人がいなかったです。春は桜が咲くそうで、ここで宴会したらさぞよろしかろうなぁと思いました(^.^) ![]() 五重塔です。(高さ15間1尺(約27.6m)にもおよぶ檜皮葺の三間五重塔は、和洋と唐様の粋を巧みに調和させた見事な構成美を見せています。初層の内部は完全な唐様で彩色も鮮やかに残っています。この独創的な五重塔は応永14年(1407)の創建と伝えられています。(web上の説明より)) 朱色が見事。内部が見れないのが残念ですが・・・・。 ![]() 五重塔のすぐ横にあるのが千畳閣。 (豊臣秀吉が毎月一度千部経を転読供養するために天正15(1587)年発願し、安国寺恵瓊を奉行として着手させました。以来10年余、秀吉の死(1598)により、天井の板張りや正面入口などは完成を見ないまま現在に至り、時代の流れを感じさせます。桁行13間、梁間8間、本瓦葺きの入母屋造りで、軒丸瓦には金箔を押し、桃山時代の気風をよく残しています。規模の広壮さから千畳閣と呼ばれ、明治初年の神仏分離により、本尊を大願寺に移し、豊国大明神(豊臣秀吉)を祀るようになりました。 中には、数々の絵馬が掲げられています。江戸時代には、奉納された絵馬は厳島神社の回廊などに掛けられていましたが、明治時代からここに移されました。 また、ここは塔の岡と呼ばれ、厳島合戦時には、陶軍の本陣が設けられた所です。(web上の説明より)) ![]() 実際に畳を敷き詰めれば千畳ではなく857畳だそうです。それにしても広い。その上、心地いい風が吹き抜けてとっても涼しい。入場するのに100円入りますが、もっと払ってもいいくらい心地いい場所です。うっかり昼寝したらおきることが出来ないのではないか・・・・というくらいですからね(^.^) やはり、杓文字を祭ってありますねぇ。豊国神社なのに(^.^) あまりの写真の多さに、まだ厳島神社までたどり着けません。この辺でいったん小休止。厳島神社は次回のUPにします。こうご期待(^_^)/
テーマ:世界遺産・遺跡・名所 - ジャンル:旅行 忍者と焼き物の旅(伊賀・信楽)その3
かなり間が開いてしまいましたが、GWの旅行記の再開です。
伊賀上野の翌日は、昨日とは打って変ってどんよりとした天気。大雨だけにはならないように祈りながら宿を出発します。 車で行けばたぶん30分もあればいけると思いますが、ローカル線を愛してますので、その辺はのんびりとガタゴト揺られながら信楽へ。 ルートは、上野市駅(伊賀鉄道)→伊賀上野駅(関西本線)→柘植駅(草津線)→貴生川駅(信楽高原鉄道)→信楽駅、となります。 まぁ、本数が少ないもんだから結構な時間かかりますけど、田舎の風景を眺めて楽しめるので楽しいもんです(^.^) ![]() 関西本線の車両。電化されていないのでディーゼルエンジンで動いてます。長時間の乗車となる上に運行本数が少ないために各車両にトイレが設置されています。 ![]() 信楽高原鐵道は、滋賀県で旧国鉄特定地方交通線の鉄道路線を運営している、甲賀市や滋賀県などが出資する第三セクター方式の鉄道会社です。あの信楽高原鐵道列車衝突事故を起こしたことで知られています。事故車両の部品は信楽駅に展示されていて、事故の生々しさを訴えていました。 ![]() 信楽駅に到着。いきなりタヌキです(^.^) 駅を出るとこれまたでかいタヌキが! 雨がパラパラ降ってましたので、和太鼓にはビニールシートがかけてありました。 ![]() 第14回春のしがらき陶器市会場。駅前でやってますのでアクセス数秒(^.^) 会場はかなり広く、全部見てまわるとかなりの時間がかかりそう。ざっと、どんなものがあるか目星をつけて、お腹がすいてきたのでお昼にすることに。会場内は、かなり飲食物が充実してましてどれを選ぶかかなり迷う。しいたけバーベキューとかお豆腐尽くしのものとか、わかさぎのから揚げとか・・・。 迷った挙句かなりいい匂いを発している「近江牛焼肉丼」、見た目に涼しそうな「手打ちそば」を購入して食べました。こんなイベントで売っているものだからとなめてましたが、これが以外にウマー! 連れの豆腐尽くしもうまそう(試食したけどやはりうまかった)で、このチョイスはすべて当たりでした(^.^) 町全体が陶器づくしですので、うろうろ散策することにします。お店に入っては、あれがいいだの、これきれいだの、すげぇ高ぇだのいいながらわいわい言いながら陶器を物色(^.^) ![]() それにしても、タヌキだらけですなぁ。 ![]() そうかと思えばカエルもいっぱい。 店を誇示するかのように巨大タヌキが・・・・。これ、どうやって焼くんだろって思いました。だって、でかいのだと3mくらいありそうですもん。あと気になるのが、売値はいくらなんだろってことですねぇ(^.^) ![]() 窯元のほうへも散策してみることにします。窯元散策路の入り口に神社を発見。 ![]() 「祭神:素盞鳴命・稲田姫命・大山津見神 新宮神社は奈良時代の霊亀元年(715)9月に創建されました。それ以来、信楽の町大地長野、神山、江田、小川の「産土神(氏神)」として広く人々から尊び崇められた社号を「新宮大明神」と呼ばれていました。これまでに近衛関白家を始め、近江の守護佐々貴氏等に篤く信仰され、代々当社に境内神領などの寄進がありました。 南北朝の戦(1336年)11月に現在の本殿が再建されました。明治9年(1876)11月「村社」に、大正2年(1913)4月「神饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうきょうしんじんじゃ)」に指定、大正4年(1915)5月、長野字西出と字川東の二箇所に「山神社」として「大山津見神」を祀られていたのを、当社に合祀されました。 大正13年(1924)には「郷社」に昇格。現代は「紫香楽一乃宮」として篤く崇敬されております。」由緒書きより ちなみに、狛犬は信楽焼きでした(^.^) ![]() 陶器市に参加しているためなのか、すごく静か。窯に火も入っていないようです。観光客もほとんどいません。さすがに寂しすぎるので、しばらく散歩してから引き返すことにしました。 引き返す途中でお寺を発見。 ![]() 浄觀寺という名前以外よくわからないのですが、結構立派です。 てくてく戻って、陶芸の森を目指すことにしました。約1kmちょっと歩きます。天気がよければ駅でレンタサイクルを借りるところですが、雨が降ったり止んだりしているあいにくの天気なのでそれはできませんでした。 道中でモニュメントを発見。このようなモニュメントが5つあり、「焼物文化を生かした町づくり」をアピールするために作られたそうです。 ![]() このモニュメントは「旅立ち」と言うそうですが、見るからに痛んでいてとても旅立てません(^^ゞ ちゃんとメンテナンスしなさいよ・・・。 ![]() 陶芸の森まで来たものの、時間的に観光することは難しいと判断(森が広すぎて時間内に回れない)し、入り口前の陶器ショップをぶらぶら回り駅前陶器市に戻ることにしました。 陶器市で自分で使うビールテーラーやら焼酎カップ、湯飲みのお土産を買って陶器の町信楽をあとにしました。 ちなみに帰りも電車でしかも遠回りして帰るという、どんなけ電車好きやねん!と言われそうな旅になりました(^^ゞ ![]() ↑乗り換え電車待中の柘植駅。なにもありません。あるのは自販機くらい。でも、結構大きい駅なんですけどね。 忍者博物館、陶芸の森、MIHO MUSEUM、玉桂寺等、意外とメインのところに行ってませんので、また機会があれば訪れたいところです。やはり田舎はのんびりできすもんね。で、そのときは甲賀の方にも足を伸ばしたいなと思います。
テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行 | |
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